■1983年5月22日付 東京スポーツ1面
1983年5月20日、第1回IWGP第15戦は熊本市体育館。
ジャイアントをベアハッグで締め上げるホーガンの写真と「ホーガン世界初の快挙」と赤バックに白抜きの大見出し。IWGPでついにジャイアントからフォールか?と記事を読んでみると、そんなことはどこにも書いてありません。見出しをよく見れば小さな「?」マークが。ナイスです、東スポ!!
それでは発売日の試合の予想かと思えばそうでも無く、5日も先の試合の予想でした。前日にジャイアントと当たったのは、キラー・カーン。その写真も1面に控えめに掲載されています。
■ジャイアントvsカーンは3面に詳細
(1983年5月22日付 東京スポーツ)
この試合は公式戦では無く、45分1本勝負。このカードのテーマは2年前にカーンがジャイアントの足を折って負傷欠場に追い込んだ試合からの因縁。カーンはそのシーンの再現とばかりにモンゴリアンチョップからニードロップを繰り出しましたが、最後はジャイアントの18文キックからのヒップドロップで決着。ただ記事には「リーグ戦でジャイアントにストップをかけるのはカーンかもしれない」と的を射たコメントも付けられています。
■この日の試合結果
(1983年5月22日付 東京スポーツ)
坂口vsホーガンのシングルマッチが実現。80年代に入ると淡泊な試合が多かった坂口選手ですが、負けはしたものの試合時間は10分超えの頑張りでした。坂口は得意のジャンピングニーアタックからコブラツイストと攻め立てたのですが、最後は斧爆弾で幕、という展開だったようです。
エンリケ・ベラはラッシャー木村に負け。いくら中南米代表の強豪とはいえ、元国際プロレスのエースレスラーには勝てません。
■長州・浜口依然消息不明
(1983年5月22日付 東京スポーツ)
浜口さん、あとで初枝さんに怒られますよ。
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通勤バスで新聞を置き忘れてしまった
— プロレス美術館 (@wrestlinghouse) May 18, 2020
忘れ物Sに電話…
該当車両に無線で聞いてくれた
○○車両 忘れ物確認願います
「50年前の汚いプロレスの新聞」
と車内にアナウンス…新聞は無事発見
そして忘れ物Sに赴き
「新聞を…」と言った途端
「ああプロレスのね!」と何故かニコニコ pic.twitter.com/3mxNlosU14
アントニオ猪木氏「元気ですかー!」ツイッターで“大声のススメ”(デイリースポーツ) https://t.co/WWMyRwF6FS
— プロレスTODAY (@ProresuToday) May 18, 2020
猪木失神KOまで、あと13日。