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4.18両国国技館と言えば・・・(2019/4/18)

4.18両国_ザ・プロレス

 

 プロレスファンはビッグマッチを数字とともに記憶しています。

 「4.18」と言えば、必ずよみがえってくるのは、4.18両国国技館。1985年の大会ですね。藤波辰巳がストロング・マシーン1号にドラゴンスープレックスを決めて完璧なフォールを奪った日です。マネージャー若松の余計なアシストで逆にマシーンがダメージを受けて、あげくの果てのフォール負け。これでマシーン1号が若松支配下の軍団から独立して、その後スーパー・ストロング・マシーンとして独り立ちし、ブレイク(プチブレイク?)するきっかけとなった試合です。

 ストロング・マシーンというのは、「キン肉マン」出現企画の修正版、長州軍大量離脱をリカバリーするための苦肉の策として登用された二流レスラー軍団のように思われていますが、実際のところその功績は大きく、確実に一時期の新日本プロレスを支える重要な存在でした。

 さらに、ストロング・マシーンのマスクのデザインも秀逸でグッドデザイン賞を贈呈したいぐらい良くできていると思いませんか?

 猪木、藤波、そして鶴田とも好勝負を展開し、いつも負け役だったように思いますが、存在感はあったレスラーでした。(なんか、“追悼”ストロング・マシーン、みたいになってしまいました)この4.18両国があったおかげで、ストロング・マシーンのストーリーがその後に続いたという意味では、この日の試合は忘れられません。

 すみません、本当は一番に思い出す出来事は、猪木vsブロディ、初対決です。

 そしてさらに4.18よりも強烈に印象にあるのは、3.21後楽園の「左手にチェーン、右手に花束!」と古舘アナが絶叫したシーン。1984年の第2回IWGP決勝以来、なにかと低迷が続いた新日本プロレスに新たな展開が訪れた瞬間でした。その後の一ヶ月間、4.18の決戦まで、毎週毎週、ワールドプロレスリングで初対決を煽られて、私的にはとても幸せなひと月間でした。

4.18両国_ザ・プロレス


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 このあと4月で記憶のある数字は、やっぱり「4.18」と「4.19」です。

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