年末年始のお休みでyoutubeを次から次へとクリックしていたら、初代タイガーマスクがSammy Leeだった時代の試合を立て続けに見てしまいました。佐山がタイガーマスクとして日本で試合をするために帰国する直前、イギリスで活躍していた頃のビデオです。
■佐山サトルのイギリス修業時代
youtubeより
英国と言えばランカシャーレスリング、キャッチ・アズ・キャッチ・キャン(Catch As Catch Can, CACC)の発祥の地。正当派レスリングで魅せるスタイルのレスラーばかりだというイメージでしたが、ビデオに登場する英国人レスラーはバリバリのショーマンスタイルのプロレスです。しかしその中でサミー・リーは異彩を放つ存在、キレのいいファイトスタイルで観客からも大きな声援を受けていました。すでに“タイガーマスク”の動きが完成されているようにも見えます。
さらにサミー・リーはガチガチのレスリングスタイルや空手スタイルにこだわるだけでなく、相手を引き立てるやられっぷりの良さや、観客が求めるツボも心得た動きで会場を沸かせます。特にタッグマッチではビッグ・ダディという太っちょのおじさんと組んでいて、一見即席のタッグチーム風に見えますが、これがなかなかの名コンビとなっています。
初めて見たわけではありませんが、せっかく久しぶりに見つけた試合映像なので気に入ったシングルマッチ、タッグマッチ合わせて7試合ほどPCにダウンロードして保存しました。そうなるとこの試合は「いつの試合?」「どこでやった試合?」ということががとても気になるのが、Favorites Cafeの性分なのです。youtubeのタイトルには「1980年~1981年、英国修業時代」ぐらいしか情報がありません。そこでネットで検索しまくってなんとか調べ上げました。(ネット情報のみで何の裏付けもないので、あくまで“Favorites Cafe調べ”です)
■1980年10月11日
Sammy Lee vs Sid Cooper
youtubeより
■1980年11月8日
Big Daddy & Sammy Lee vs Sharkey Ward & King Kong Kirk
youtubeより
■1981年1月24日
Big Daddy & Sammy Lee vs Grand Vladimir & Mel Stuart
youtubeより
■1981年2月14日
Sammy Lee vs Johnny England
youtubeより
■1981年2月28日
Sammy Lee vs Mick McManus
youtubeより
■1981年3月31日
Mark Rocco vs Sammy Lee
youtubeより
■1981年7月15日
Sammy Lee vs Jim Break
youtubeより
当然のように「Mark Rocco vs Sammy Lee」の試合は見所がいっぱいですが、個人的にはビッグ・ダディがいいですね。ファンになっちゃいました。
ムック本「よみがえる初代タイガーマスク伝説」(宝島社 2003年12月18日発売)のインタビューでも佐山が「ビッグ・ダディというホントにデブのお父さんという感じのレスラーがいまして、これが子供たちにとても人気があったんですよ。ボクはその人気に便乗していたんですよね」と話しています。
■「よみがえる初代タイガーマスク伝説」
(宝島社 2003年12月18日発売)
試合の日時を調べていて気になったのが、最後の「Sammy Lee vs Jim Breaks」の試合が1981年7月15日という点です。主にイギリスのサイトで調べたのですが、1981年7月15日収録と書かれていたり、または1981年7月18日放送となっていたりしています。これってタイガーマスクで日本デビューしたあとの日付なのに・・・タイガーマスク後もサミー・リーとしてイギリスで闘っていたのか?。前述の「よみがえる初代タイガーマスク伝説」のインタビューや年表にはタイガーマスクとしてのデビュー後にイギリスに行ったという記録は無く、国内・海外全戦績データにも載っていません。さらに佐山のインタビューでも、「タイガーマスクで帰国して以来、イギリスには戻っていません」と発言しています。
■佐山インタビュー
「よみがえる初代タイガーマスク伝説」より
■イギリスへは戻っていません
「よみがえる初代タイガーマスク伝説」より
しかし納得できず、さらに検索しまくってみると、「流星仮面二世」さんのブログ「団塊Jrのプロレスファン列伝」に関連する記事がありました。
■どうやらタイガーはこの後、イギリスへ戻り・・・
ブログ「団塊Jrのプロレスファン列伝」より
(ブログからの引用です)
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「さて、愛知県体育館では日本を主戦場にという挨拶がリング上からされたのですが・・・タイガーはこの6月4日の蔵前での試合から、また少しの間姿が見えなくなります。どうやらタイガーはこの後、イギリスへ戻り、タイガーマスクとして急遽日本へ帰国してしまったため行えなかった新設のタイトルの王座決定トーナメントにサミー・リーとして出場していた?ようなんですね。
新設のタイトルマッチがあることを伝えたとされるチラシ。しかし日時は不明なのでこの遠征時のものなのかどうかは不明。ここでのちに初代ブラック・タイガーとなるマーク・ロコと決勝を行ったという話もあります。が、情報があまりになく真相はわかりません」
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1981年7月15日のSammy Lee vs Jim Breakの試合映像が残っているということは、上記の記事の裏付けとなります。この試合は三本勝負で、一本目はタイガーマスクのムーブで翻弄したサミー・リーが3カウントを奪っています。二本目はサミー・リーがレフリーに抗議している隙をつかれてスリーカウントを入れられてしまいましたが、三本目はクリーンフォールで勝利。
■完全にマスクをしていない“タイガーマスク”です
youtubeより
■地味な形ですが、クリーンフォール
youtubeより
その後サミー・リーがマーク・ロコと闘ったのかは調べてもわかりませんでした。ただ、6月18日にマーク・ロコと対戦予定だったのが変更され、代役のマル・サンダースさんというレスラーがマーク・ロコと闘ったという記録がありました。佐山のイギリス入りが間に合わなかったと推測されます。
インタビューでは「イギリスには戻っていない」と応えていますが、「タイガーマスクとしては戻っていない」ということか、あるいは佐山の記憶が曖昧なのか、どちらかなのでしょうね。でもしっかりと英国リングへの義理を果たした佐山だったという結論になりました。
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若月(仮)さん、失礼致しました、日刊スポーツ、内外タイムス、デイリースポーツでした。 pic.twitter.com/tPKEBuo8sX
— 金ちゃん (@kin196863) December 30, 2020
嫁さんが渡鬼見てる。
— amuza (@amuza_dinotank) December 29, 2020
えなりかずき
『母さんは謝る事無いよ
おばあちゃんの言いなりに
なる、通りは無いだろ!!』
泉ピン子 角野卓造
『シン!!』 pic.twitter.com/MuiLtrHrNl