「ベイダー・タイム : 皇帝戦士の真実」徳間書店
ビッグバン・ベイダー (著)
ケニー・カサノヴァ (著), 松山ようこ (著)
徳間書店刊 単行本
「ベイダー・タイム : 皇帝戦士の真実」より
実はこの日、俺はブッキングこそされていたが、いまだ対戦カードを知らされておらず、ロッカールームに待機していた。猪木に呼び出されるまでは何も知らなかった。猪木は真剣な表情になって語り出した。
猪木)「今夜は行くぞ。俺の顔を目いっぱいぶん殴れ。ノックアウトはしないでもらいたいが、俺の鼻面を打ちのめして、唇がカットするぐらいにボコれ。何でもありだ。お前は怪物なんだからな」
猪木は怪物に打ちのめされることを望んでいるのだ。俺は頷いた。
ベイダー)「わかりました」
俺は力強く頷いて返事をした。
■猪木は2試合目だった
「ワールドプロレスリング」放送画面キャプチャ
その日、猪木は長州力との試合も組まれていた。猪木は長州戦に勝利。まだ息が上がっている状態だったが、俺は猪木と闘うべく気持ちを高めていく。リングでは、俺の日本での新しいマネージャーとなったタレントのビートたけしが、「たけしプロレス軍団の皇帝戦士」として俺を紹介していた。
■「たけしプロレス軍団の皇帝戦士」
「ワールドプロレスリング」放送画面キャプチャ
猪木は長州との激戦を制した直後なのだ。本人の意向とはいえ、すでに疲労困憊の英雄をボコボコにする試合をしなければならないとは・・・・・・。だがアントニオ猪木は誇り高い男だ。やると決めたことは貫く。後戻りはあり得なかった。
ついに試合開始のゴングが鳴った。俺は容赦なく猪木を攻め立てる。いつもは静かな日本の観客が、すでにざわついているのが気になった。
■観客はざわついていた
「ワールドプロレスリング」放送画面キャプチャ
最初に数発パンチしたが、あまり力を込められなかった。俺は新日の新入りだったし、猪木はギャラを支払ってくれるオーナーでもある。この期に及んで、猪木を打ちのめす覚悟が揺らいでしまったのだ。猪木はそれを見抜いたのだろう。俺にこう言ってきた。
猪木)「殴れ!」
観客の怒声があがるのも構わず、叱咤する。
猪木)「俺をぶん殴れ!」
■「何でもありだ。お前は怪物なんだから」
「ワールドプロレスリング」放送画面キャプチャ
俺は大きな間違いをしていた。猪木は激しく殴打されるのを望んでいるのだ。俺は応えた。
猪木は“闘魂注入”のビンタで知られるスターだ。ファンのみならず、政治家や芸能人までが引っ叩いてもらおうと列を作るほどだ。だが、俺が猪木に放ったのはビンタではなく拳だ。自分の拳をも痛めるほどの強さで猪木を殴る。右、左、右と両の拳で猪木の顔面をぶん殴った。
ゴツ!、ゴツ!、ゴツ!
さらに、そこへアッパーカットを放っていく。
猪木はフラフラになっていた。俺は猪木をコーナーに押しやると、ダメージの状態を確認した。
ベイダー)「・・・・・大丈夫ですか?」
気づかれないように猪木に尋ねる。
■ダメージの状態を確認した
「ワールドプロレスリング」放送画面キャプチャ
猪木)「大丈夫だ。もっと打ってこい!」
■「唇がカットするぐらいにボコれ!」
「ワールドプロレスリング」放送画面キャプチャ
猪木がそう望んでいるのだ。俺はさらにぶん殴る。ボスである猪木からの命令なのだ。殴って圧倒し、そこから猪木を放り投げた。デイビーボーイ・スミス風に長らく掲げたブレーンバスター、それからラリアットも決めた。まだ青二才だった俺は、ベイダーの持つ破壊的なイメージを体現できたとは言い難いが、必死に戦った。
■ボスである猪木からの命令なのだ
「ワールドプロレスリング」放送画面キャプチャ
ベイダー)「・・・・・大丈夫なんですか?」
俺は再び猪木に尋ねた。
猪木)「大丈夫だ・・・・・」
■猪木はフラフラになっていた
「ワールドプロレスリング」放送画面キャプチャ
猪木の声は最初に尋ねた時より心なしか元気がない。だが猪木は言う。
猪木)「もっとだ!」
プロレスラーとして猪木は大男の部類に入らないが、技術は抜きんでていた。武術の覚えもある。本気になれば俺の腕も足もたやすく折れるのだが、まったく反撃する気配すらない。俺を怪物に見せたかったのだ。バトンを手渡そうとしているのだ。それに応えるように、俺はひたすらパンチを繰り出した。
ベイダー)「・・・・・大丈夫ですか?」
今一度、確認する。
返事がなかった。
ベイダー)「大丈夫なんですか?」
もう一度尋ねる。
猪木)「・・・・・おお」
と、猪木はかろうじて返事をした。
こうして一方的に攻撃しまくりながら、三度目に確認したところで、長い沈黙があった。時間は6、7分を予定していたのだが、わずか3分ぐらいの出来事だった。猪木が終わりをコールする。
猪木)「ゴーホーム!(フィニッシュしろ)」
と、猪木が告げる。
■「Go Home!」
「ワールドプロレスリング」放送画面キャプチャ
猪木を叩きのめして、俺の最初の“試合”が終わった。
だが試合終了のゴングが鳴った後も、俺たちは続けることにした。「止められない怪物」を印象づけるためだ。さらにコーナーに追い詰めたまま、猪木を殴り続ける。激しい不快感をあらわに目撃する観客。ゴングは何度か打ち鳴らされていた。
その時、ついに観客がキレた。凄まじい怒りの様相を呈している。アントニオ猪木という英雄が、見知らぬ怪物の手で殴り倒されて墜ちていくのを受け容れることが出来なかったのだろう。若い男性ファンが罵声をあげながらリングに押し寄せてきた。
観客が許せない気持ちでいることは理解できたが、俺にはこれがどういう状況なのかまだよくわかっていなかった。
■英雄が見知らぬ怪物の手で殴り倒されて墜ちていく
「ワールドプロレスリング」放送画面キャプチャ
(中略)
俺はレフリーのミスター高橋にこっそりと尋ねた。
ベイダー)「これは一種の伝統なのか?それとも観衆は本気で俺にブチ切れてるのか?」
ミスター高橋)「伝統なんかじゃない。本気でブチ切れているんだ。ここから脱出するぞ、早く!」
と、ミスター高橋も血相を変えている。
■「観衆は本気で俺にブチ切れているのか?」
「ワールドプロレスリング」放送画面キャプチャ
(中略)
ロッカールームにたどり着いた時に、マサ斎藤が駆け込んできた。祝福どころではない。
マサ斎藤)「すぐにここから出るんだ!もうすぐファンがロッカールームに来る。お前を狙ってるんだ!」と急がした。
俺はすぐさまコスチュームを掴んで、ロッカールームを脱出し、迎えの車に飛び乗った。これが怪物ヒール、ビッグバン・ベイダー誕生の一夜だった。
■怪物ヒール、ビッグバン・ベイダー誕生の一夜
「ベイダータイム: 皇帝戦士の真実」より
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「元気ですか!?」
— Prime Video(プライムビデオ) (@PrimeVideo_JP) December 22, 2023
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この大会は、猪木の勝手なカード変更、猪木vs長州戦が長州の二試合目となり、“完全決着”とは言えない条件になってしまったこと、猪木vsベイダー戦での猪木のふがいなさ、などが重なって最後は「暴動事件」となってしまった大会でした。単行本「ベイダータイム」のベイダーの証言によると、カード変更は“急なカード変更”ではなく、長州も猪木も二試合行うことは決定事項だったようです。しかしこの時のカード変更に対する長州の怒りの表現は、とてもカード変更を分かっていての演技には思えないほど迫真の演技(?)でした。おそらく新日本プロレスでよく行われた手法で、当事者の一方にはストーリーを伝えていない試合。この手法によって、予定調和では無いリアルな人間模様が新日プロのリング上で演出できたのだと思います。長州が「かませ犬発言」をした後楽園ホール、テロリスト藤原が生まれた「雪の札幌」事件も、藤波にとっては何も知らされていない、完全にガチな出来事だったと推測されます。
また、ベイダーがリングを降りるときの記述は、“脱出した”となっていますが、実際にはベイダーが引き上げるタイミングでは暴動状態とはなっておらず、ベイダーはゆっくりとドレッシングルームへ向かうことが出来ていました。このあたりはライターさんの脚色だと思われます。
明日はこれ!
— 堀江ガンツ (@horie_gantz) December 22, 2023
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